新しいTERRAZINE

The new TERRAZINE

冒険家 植村直己

危険な場所に敢えて飛び込む職業に「冒険家」がある。冒険家といえば植村直己。ATOK17でも一発変換するくらいだ。彼は日本人として初めてエベレストの山頂に立ち、アラスカマッキンリー登頂にも成功、そして世界五大陸の最高峰を完全制覇という偉業を成し遂げた。そして世界初のマッキンリー冬期単独登頂に成功するも、翌日に消息を絶ってしまう。
この植村直己という人、メチャクチャである。そのほとんどの冒険を単独で行っている。もう、でたらめだ。これらの冒険に意味など無い。あるとするならば、彼自身にとってのみだ。彼は自分のためだけに、おそらくは綿密な計画と地道な準備を行い「自己責任」で冒険を行い、成功させた。だからこそ彼は賞賛されるのである。

冒険家で音楽家 鈴木嘉和

私にとってもう一人の印象深い冒険家に「風船おじさん」がいる。覚えているだろうか? 冬も迫った1992年11月23日。ヒノキ風呂を改造したゴンドラに風船を結びつけた「ファンタジー号」を、試験飛行中に出発。翌々日、海上保安庁の巡視機に発見され、帰還を促されるも、それを無視。以後消息不明の鈴木嘉和さん(当時52歳)である。
「風船で空を飛んでアメリカまで行ってみたい」実に夢があり冒険心あふるる野望である。しかし彼はそれを実現するにいたって、計画というものはまるで無く、十分な準備も怠った。そう、まさに彼は身一つの「自己責任」で冬のジェット気流の中に飛び込んだのである。

「準備ができ次第また行きたい」

と彼は言った。なるほど、冒険には準備が必要だ。だが彼の言う準備とは何を差しているのだろうか? 私が彼と同じ冒険をするならば、最低でも議論が出来る程度のアラビア語を身につける。そしてイラクに入ったら、真っ先に宗教的指導者の元へ行き、身の安全を保証してもらえるよう交渉するだろう。勇気だけでは決して冒険は成功しない。
はたして彼の言う「準備」は、植村直己のそれなのだろうか、それとも風船おじさんのそれなのだろうか。