新しいTERRAZINE

The new TERRAZINE

「病身の妻の元に早く」最終弁論の日に温情の猶予判決

 弁護人が「被告人の妻は6月末が出産予定で、妊娠中毒にかかっている。生活費もなく、友人からの借金で暮らしており、夫の帰りを望んでいる。妻の元に1日も早く帰してほしい」と訴えると、杉田友宏裁判官は4時間半後に公判を再開し、懲役2年、執行猶予3年(求刑・懲役2年6月)の判決を言い渡した。荻野被告は釈放され、妻の元へ向かった。

 杉田裁判官は最終弁論で、被告に釈放後の勤め先や所持金を確認し、夜行の東京行き高速バスがあることを聞き、検察官も同意したことから、同日中の判決言い渡しを決めた。判決では「家族の状況や反省の態度がある。もうすぐしっかりせなあかん事情ができるんやから、頑張りなさい」と諭すと、被告は深々と頭を下げた。

人と接するとき、忘れてはならないのは義理と人情。それがたとえ罪人(つみびと)でも。なるほど、いい話だ。でも、この記事にはちょっと仕掛けをした。被告がどのような罪に問われているのかを隠したのだ。
おれおれ詐欺」用の銀行口座を販売目的で開設したとして詐欺罪に問われた埼玉県戸田市本町、トラック運転手荻野昭宏被告(30)の最終弁論が14日午前10時から、徳島地裁であった。
彼の罪名は詐欺罪。容疑は「おれおれ詐欺」だ。
そう彼は人の親切心や温情につけ込んだ罪に問われているのである。私も被告がおかれた立場には同情できる。だが彼はそういった心を踏みにじったのだ。
詐欺には3種類あると思う。1つは「欲望」につけ込むもの。2つ目は「不安」につけ込むもの。そして3つめが「親切心」につけ込むものだ。1つめは「金を儲けたい」などの欲を利用されるパターン。これは騙される方にも非があるから、一方的に騙した側が悪いともいえない。2つめが「おれおれ詐欺」にも利用される「不安感」。「息子がトラブルに巻き込まれたのでは?なんとかしなければ」という、不安感と親としての責任感にもつけ込んでいるのでたちが悪い。
最悪なのは3つめの「親切心」につけ込むパターン。これはそれまでその人が「いいこと」だと思っていた、人を信じること、親切にしてあげたい心、義理人情といったものを否定しまうような行為であり、その人にとっては、人格そのものが否定されたような気持ちになってしまう。この罪は大きい。

裏切られた祖父

私の祖父は米屋を店舗兼住居の長屋で営んでいた。長屋にはパーマ屋さんが入っており、大家と店子として数十年のつきあいをしていた。鹿児島市内での家賃の相場がわからないが、3万円という非常に良心的な家賃で店舗兼住居を貸していた。「家族も同然なんだから」祖父はそう考えていたに違いない。
祖父が85歳になった年、さすがの祖父も高齢を理由に引退することになった。ひとが居なくなった建物は老朽化が進む。シロアリがでて、放置すると危険な状態になった。祖父は「こんなボロにいるよるも」と立ち退き料を用意し、引っ越してもらうよう打診した。ところが返ってきたのは、法外と思える立ち退き料の増額だった。払わないなら訴訟も辞さないと。
「これまでのつきあいはなんだったのか」祖父のショックはいかばかりだったろう。しかし祖父はこの問題を一切家族に話さなかった。家族に心配をかけたくなかったのだろう。
翌年、頑健だった祖父が急逝した。医学的根拠はなにもないが、家族はこのことが原因だったと思っている。

嘘をつくということ

人がつく嘘には2種類ある。一つは人を騙すための嘘。もう一つは人を心配させないためについてしまう嘘だ。後者は善意からそうしてしまうが、結果としては裏切りになってしまうことも多い。「どうして相談してくれなかったのか」「自分を信用してくれないのか」決してそうではない。でも嘘をつかれた方はそう思ってしまう。落胆、無力感。嘘というのは、様々な感情を揺り動かす、まさに「魔法の言葉」だ。

人の温情につけ込んだ被告が温情によって許される

この被告もこんなつまらない詐欺をやる前に、誰かに相談できなかったのだろうか。できなかったのだからこそ、犯罪に手を染めたのだろう。身重の妻に心配をかけるわけにはいかない。家族や親類に言えないような事情もあったのだろう。
自らの行為を責められるはずの場所で受けた「温情」。二度とこんなことはすまい、と感激したはずだ。しかし、受けた温情というのは、日がたつにつれて薄れてしまうものだ。だが、裏切られた被害者の気持ちが薄れることはない。刑事裁判はこれで終わりだが、次は民事が彼を待っている。そこでも一度裏切られた「温情」が受けられるのだろうか。