新しいTERRAZINE

The new TERRAZINE

言葉ではないもの

サックスの坂田明聴覚障害者を集めてコンサートをする話を聞いたことがある。耳のまったく聞こえない人の前でサックスを吹くこともあったらしい。聞こえない客相手のコンサートなんか意味がないと思われかねないが、坂田は懸命に吹けばきっと音ではないものが伝わるはずだとエッセーに書いていた。

ぼくも、言葉が聞こえないことで、むしろ言葉ではないものが伝わってくれていればよいと思った。少なくとも「この人はなぜこんなに声を枯らせてまで大声張り上げて説明しているのか」、その異常な熱意の謎に対して、少しでも心に棘のようなものがひっかかる印象を持ってくれればいい。分かることを教えることよりも、分からないことを教えることの方が遙かに難しい。しかし、分かったことはその時点で過去に置き去りになりがちだが、分からないことはそのまま残りうる。大事なのは分からないことの先にいかに未来が開かれているかを感じさせることだろう。